チャプレンのブログ・ALSなんか大嫌い

アメリカでチャプレンとして働いています

もう一度 飛びたい

84歳の白人男性、Hさんはカクシャクとした紳士という感じの方

複雑な心臓病で独居ができないほどに病気が進み、
そのうえアルツハイマーの症状も出てきたこともあって、
東海岸から シアトルの娘ケイトさんの家に身を寄せられた
そして、間もなく医者からホスピスを進められたのだった


Hさんは 良家の出身で 裕福な環境で育たれ
成績優秀で大学を卒業、そしてエンジニアリングで修士号を取得

電気系のエンジニアとしてアメリカ大手のメーカーで活躍
退職前までに かなりトップの方までのぼりつめられた

退職後は、熟年離婚され、シニア・コミュニティーで
多くの友人たちに囲まれて楽しい生活を送られていた

娘のケイトさんの住むシアトルには毎年夏になると1か月
遊びに来ておられたという

実は、Hさんは娘婿のクリスと大親友。

娘のケイトが初めて交際中のクリスを父親のHさんに紹介したとき
Hさんはこの青年を大いに気に入り、娘に
「いいかい、ケイト、
 もし、クリスが何か質問をしてきたら、(例えばプロポーズのような)
 絶対、Yesと答えるんだよ」と
忠告しておいたという

Hさんの期待通り、晴れてケイトとクリスは結婚
Hさんは大喜びで、二人を祝福された

というのも、クリスもエンジニアで思考回路が似ているのだ

娘婿のクリスは飛行機関連のエンジニアであるばかりでなく、
趣味が小型セスナ

アメリカでもっとも古いセスナ機種類の収集家でもあり、
すでに飛べなくなったセスナを買い取って修理しては
あちこちのローカル飛行場に保管しており、
それを20年ほどやっているうちに、
アメリカ中に 数十のセスナをもっておられる

訪問させていただいているご自宅の庭にも修理中のセスナが一機あるのだ

Hさんはクリスと大の仲良しになり、
クリスから飛行操縦の手ほどきを受けて、
セスナを操縦させてもらうために、毎年1か月遊びに来ておられたのだ

初めて、チャプレンとして訪問させていただいた際、
「今のあなたにとって、一番大事なことは何ですか」と質問すると
Hさんは、
「春になったら、クリスと一緒にセスナで飛ぶことです」と答えられた

「飛ぶことの魅力は何ですか? どうしてそんなに飛ぶことが大事なの?」と
質問すると、
「空に上がると、景色がきれいなのはもちろん素晴らしいんだけど、
 地上からとは全く違った視点から、世界を見ることができて、
 自分の存在がいかに小さいか、
 自分の悩みがいかに小さいか、わかるんです」

「あのエキサイトメントな気持ちを味わうと、とりこになりますよ」

「クリスがいつもアドバイスしてくれるんですが、
 『セスナは、無理に操縦しようとしないこと』
 『セスナは 飛び方を知っている
  空気がデコボコしているときには、なんとかスムーズに飛べるように
  必死で操縦しようとするんですが、
  セスナに任せて、セスナの自然な飛び方にやらせてみるとうまくいく」

私はそれを聞いていて、
「それって人生に似ていますね
 悪戦苦闘して、あらがうこともできますが、
 時としてじっと流れに任せて見守ることも必要ですよね」と
感じたこと、教えられたことを述べさせていただく

まさに、Hさんは人生の終末にさしかかっており
どうすることもできずに、じっと自然な体の弱りを
受け止めるしかないところに おられるのだ・・・



ケイトは、自信たっぷりだった父親の体が弱り、
そのうえ、アルツハイマーまで患って、自信を無くしていることを
何とかサポートしようと、
私の訪問日に合わせて 写真を整理し、スライドショーにして
大画面のテレビに映し出し、父の良き日の思い出をたどって
Hさんが 嬉しそうに写真のことを私に説明するのを
優しい目をして聞いている


成功したキャリアと業績
そのことに誇りをもって、自慢話をたくさんもっているHさん

ケイトはそんな父親に、そのままの姿でいてほしい
変わらない今まで通りの父親として とどまってほしいのだろう

そして、退職後は娘婿クリスと
5歳のいたずらっ子のような笑顔でセスナに夢中になっている父親の姿を
娘として一生懸命に支えておられる


先日、訪問が終わって玄関の外に出たら、
クリスが私を追って出てきて、
「義父を訪問してくださって、本当にありがとうございます」と
礼を言われた

春になったら セスナで飛びたいというHさんの希望は
果たしてかなうのだろうか

「お義父さんの様子は クリスからみてどうですか?
 セスナに乗れそうですか?
 死ぬ前のゴールにしておられるみたいなので、私も祈っているのですが」

そう聞くと、クリスは
「まあ、数メートルは何とか歩行器を使って歩けるようなので、
 力のある友達に協力してもらって
 何とかかなえてあげられると思います」と言われた

さて、シアトルも気温が上がってきて、春がそこまで来ているのがわかる

Hさんが空を飛ぶ日は いつになるのだろうか



Hさんが飛ぶ予定のセスナ (インターネットより)

Aeronca