チャプレンのブログ・ALSなんか大嫌い

アメリカでチャプレンとして働いています

日本人行方不明


カナダで行方不明になっている日本人女性のニュース
はやく見つかってほしいと願っているが、
そのニュースを見ていて、もう一人の日本人行方不明者のことを思い出した

去年の秋、私の住む近くにあるセント・ヘレン山で
行方不明になった20代の日本人男性

(セント・ヘレン山と言えば、私のブログ・タイトルの写真でもあるし、
何かと言えばその周辺をよくハイキングしたので 個人的にもなじみがある)

最初のころは、フェイスブックなどで行方を捜す書き込みがよくあり、
気になって読んでいたのだが、
そのうち書き込みも少なくなり、記憶のすみで忘れてしまっていた

昨日思い出して、地元の新聞社 The Columbiaのホームページで検索してみたところ・・・
行方がわからなくなっていた27歳の大西さんは 今年8月になって遺体で発見され
ご家族が受け取りに来られたことが書かれていた



http://www.columbian.com/news/2014/aug/18/remains-on-mount-st-helens-identified/

Remains on Mount St. Helens identified


By Patty Hastings, Columbian breaking news reporter
Published: August 18, 2014, 5:38 PM

The Clark County Medical Examiners's Office identified the remains of a man recently
found on Mount St. Helens as 27-year-old Yosuke Onishi.
The Japanese man reportedly left the Lone Fir Resort in Cougar on the morning of Nov. 27, 2013 with plans to ascend the mountain from Climbers Bivouac. He was reported missing that day when he didn't return to the resort. Initial search and rescue efforts
were unsuccessful.
With better weather and conditions, the Skamania County Sheriff's Office renewed the search on Saturday, Aug. 9. Searchers found remains that afternoon near the 7,100-
foot level on the south slope, west of the normal south climbing route, and just below
the crater rim, according to Skamania County Undersheriff Dave Cox. The remains
were removed from the mountain by helicopter and taken to the medical examiner's
office.
The search effort was a concerted effort by 13 different agencies from Washington and Oregon that focused on about 9 square miles of difficult terrain on the south slope.
Onishi traveled to the U.S. from Saga Prefecture on the island of Kyushu in Japan. It
was his first trip to Mount St. Helens, but not his first time mountaineering. His family
came to Cougar and posted fliers after he went missing.



ちなみに、日本語でも検索してみたらこんな記事も出てきた
(衆議院 原田よしあき(福岡)のホームページから)

■ <母は強かった>アメリカ山中で行方不明、日本青年見つかる。

 昨年11月、一人の日本人青年が米国西海岸・ワシントン州のセントへレンズ山 (2,550m)で遭難した。警察を中心に懸命の捜索が行われた。北アメリカのカスケード山脈の真冬はとりわけ厳しい、捜索はやむなく途中で打ち切られた。家族は不安のまま年を越した。天を仰ぎながら春を迎え、夏もいずれ越えようとしている。 再び寒い冬が来れば、もはや息子は永遠に見つからない・・・

 遡ること6月20日だったか、母親とその娘が私の事務所に相談に来た。この夏を逃せばもう望みは絶たれる、居ても立っても居られない、直ぐにでもセントへレンズ山に飛んで行きたい、と訴える。私は、慌ててはいけない、しっかり準備しよう、と二人を抑えた。
私はシアトルの日本総領事館と連絡を取った。昨年から事故を担当していた。外務本省にも接触し特段の配慮もお願いした。領事館経由で地元警察がもう一度捜索隊を組む予定があることも窺った。旅行会社を探し現地の状況を把握した。山岳調査会社とも接触しその信頼性と能力をひそかに探ったりした。

これ以上もう待てない。引き寄せられるように母親は、8月1日を期して成田を出発した。母親だけを出すわけにはいかない、言葉も出来る、事務処理も出来る人間をアテンド( 付き添い) させることとした。母親の現地ポートランド行きもこれで3度目、滞在歴も既に2,3ヶ月に及ぶ。
旧知の山岳調査会社に出向き更に広範な捜索を依頼したが、調査会社はもはや新発見は難しいと正直に応えた。母親は日本領事館、さらに米国の州や市当局にも警察にも、そして地元社会にも懸命に訴え歩いた。

 母親はあるアメリカ人男性を捜すことに強く拘(こだわ)った。「尋ね人」広告ででも捜したい。この人が必ず息子の居所を見届けているはずだ、と言う。ところで実は、この男性は実在の人でない(!)。昨年暮れに、母は夢枕でこの男性が息子と一緒にいたのを見たと言う、はっきり顔も見たと言う。あろうことか、青年の姉も自分の夢の中で、弟のそばに男性が立っていたと言う。二人の記憶イメージは殆ど一致した・・・・。夢の中で見た人間を捜す、という訴えにはさすがに私も戸惑ったが、母娘の熱意には勝てなかった。じゃあ似顔絵でも描いて貰ってと言ったら、実に次の日に描き上げて来た。似顔絵、姿格好をプロの絵描きさんにスケッチしてもらったと言う。

 運命の8月9日、ワシントン州の地元警察は、本気の山狩りに臨んでくれた。90人もの大捜索隊が懸命の捜索を展開、およそ半日経過した頃、ヘリコプターが山の中腹で遭難者を発見した。程なく所持品から息子であることを、母親が確認した。 「大西洋輔」君が遂に母の胸に戻った瞬間だった。
地元警察はその旨を記者発表し、そのニュースはヤフーやグーグルで世界中に配信された。

 かくして日米、多くの人々のサポートで青年は発見された。母娘、肉親の思いが如何に大きかったか。母の祈りと家に帰りたいという息子の思いが遂に叶った。
お盆(8月15日)に間に合ったというのも仏様のお手配としか思えない。

                         ( 平成26年 8月14日 記 )


彼も、一人で山に入ったことがわかっているが、
やはり、ハイキングや登山は一人で行動するには危険が多過ぎる

二人なら どちらかに何かが起こった場合、
救援を求めにいったり、助け合ったりできる可能性が高いくなるし・・・

カナダの日本人女性が 早く発見されることを祈っている