チャプレンのブログ・ALSなんか大嫌い

アメリカでチャプレンとして働いています

患者・Yさん

記事を更新しないまま また1か月が経ってしまった・・・

今日は患者さんのことについて書いてみようと思う

Yさんは 49歳(男性)の心臓病の患者さん
長年 覚せい剤中毒で 注射針の使い回しから HIVを感染
エイズを発症しないための治療から 免疫力が衰えているため
肝心の心臓の手術ができないという複雑なケースだ

去年の9月から私がこの病院で働くようになって Yさんは何度も入退院された
彼の宗教背景は神を信じるクリスチャン
チャプレンの私が行くと 会話の最後に必ず「お祈りしてください」と手を握られる

トレーラーハウスに一人で住み 病気のため仕事はできない
プラモデルを組み立てたりするのが 趣味のようだ

同じ町に住む姉夫婦が気にして、週に一度ぐらいは訪問を受けている

1か月ほど前に、Yさんの名前が患者リストに載っていた
また、心臓の具合が悪いのだろう

2ヶ月前に、病院の玄関で退院されるYさんに会った時以来だ
あの時は、明るい色のTシャツにジーンズ姿で
もともと細身のYさんは さっそうと病院を後にされたのだった
いつも病院の患者用寝巻き(?)の姿しか見たことがなかったため
新しいYさんの一面を見て、改めてYさんの人間像を見せてもらった気がした

今回ICUに入院されたYさん
久しぶりに会うと、心臓病のむくみから見違えるような変貌ぶりだった
痩せてガリガリだったのに、パンパンに浮腫んでおられる

チーム・ミーティングでは、医者たちが
「今回は Yさんの状態が非常に悪く、このままいけば 助からない可能性もある」
と・・・

一方でYさんは これまでのように しばらく入院して治療を受ければ、
また普段の生活に戻れるものと決め込んでいる

私のチャプレンとしての立場は 非常に苦しいものがある
その一つは 医者たちの判断と 患者の理解のギャップが広い時だ

医者がどれだけ「あなたは悪いほうに向かっている」
「選択肢がこれ以上なく、手の打ちようがない」と言っても
これまで何度もそのような過酷なところを生き抜いてきた患者さんは
《今回もこれまでのように 何とかなるに違いない》と真に受けないことがよくある

Yさんもしかり


チャプレンは現実を否定したいという患者さんの自然な気持ちを
無視することはできない

現実を直視して 死ぬ心の準備を手伝いたい気持ちにかられるのだが・・・
そこは、グッと我慢

「あなたはもうすぐ死ぬと 医者たちが言っているんですよ」
「これまでのように 回復されるのを私も心から望んでいるけれど、
 そういかない可能性の方が高いんですよ」

心の中では 焦っている
患者さんの気持ちに 寄り添うとはなんと難しいことなのだろう


Yさんは
「治療がうまくいくように、祈ってくださいよ」
「もう2週間も経っているのに、現状は変わらないし、どんどんひどくなる感じだ」
現に、むくみは一向におさまらず、見ていても苦しそうだ
「こうやってICUにいても 薬を飲まされるだけなんだったら
 家に帰って自分でできるよ。 もう帰りたい」

「実はね 6月12日にクルーズ旅行のチケットをもう買ってあるんだ
 世話になっている義兄と甥っ子2人(10代)と4人で行こうと思ってさ」
「だからどうしても退院したいんだ」

医者や心理学者たちは、
「旅行なんて 無理」
「だいたい、車にのって 船着き場まで行けるかどうかもわからない」
「万一、クルーズに乗れても、そこで死ぬ可能性が大きい
 甥っ子2人が 自分たちの目の前で おじさんが死ぬという経験を
 させることになり、精神的な打撃を考えたことがあるのか」
「クルーズ中に危篤になれば、もよりの港で降ろされ 知らない病院に入院し
 あなたの複雑な病状を熟知していない医療チームが治療にあたり、
 苦しい思いをする可能性が大」

口々に 医者として 患者を第一にしたアドバイスをする

しかし、自分の死を信じないYさんは、絶対にクルーズに行くのだと断言


ある当直の夜のこと ICUのYさんの部屋にいった
私「入ってもいいですか?」
Y「ああ、チャプレン、いいタイミングで来てくれた」

見ると、彼は涙を流し泣きながら ノートに何かを書いている
私 「何を書いているの?」
Y 「銀行口座の番号とか、連絡先とか、自分の所持品とか・・・・」
私 「なんで?」
Y 「自分が死んだらみんなが困らないようにと思って」
私 「死の準備をはじめたの?」
Y 「そう」
私 「なぜ、死を現実的に考えるようになったの? あれだけ否定していたのに」
Y 「医者たちの表情を見ていると、これまでになく深刻なんだとわかってきた・・
   それに、体もどんどん苦しくなる一方だし・・・」
私 「彼らが あなたのためを思って 言っていることが理解できたのね」
Y 「死ぬのは嫌だよ でもさ、この病との戦いが終わって天国に行けるんだし」
私 「天国ってあなたにとってどんなところ?」
Y 「神様がいるところなんだから いいところなんだと思う」

その後、Yさんは
自分が死んだら 葬儀はなしで 火葬を望んでいること
遺灰を生まれ育ったミネソタ州にもっていって 
子供のころよく遊んだ森林に巻いてほしいと望んでいることを話された


その2日後、Yさんは 自分の意思を通して
自宅療養して ICUでアドバイスされている薬をきちんと飲むということになった

「また入院ということになるかもしれないので その時に会いましょう」と
互いに別れを言って別れた

1週間ほどして 同僚のチャプレンが Yさんが亡くなったらしいと知らせてくれた

カルテを読んでみると、詳細はわからないものの
Yさんが カリフォルニアのホテルで亡くなったと記されていた

私の考えでは Yさんたち家族は 恐らく クルーズの予定を結構し、
オレゴンの港から南下、その途中で様態が悪化し 
カリフォルニアの港で下船させられたに違いない
病院に行く予定だったのか、それとも病院で死にたくなかったのかは
よくはわからないが 結局そのまま ホテルで亡くなられたのだ


いかにもYさんらしい
薬物中毒患者さん独特の思考回路なのか
現実よりも 自分の希望を最優先させる大胆というか 無茶なところというか・・・


病院関係者らは いろんな人のいろんな生き様、死に様を見ているからか
「Yさん、亡くなられたらしいね。彼らしい死に方だ」と
晴れ晴れした感想が聞かれた

互いにやるだけやって、とことん説得して
それで迎えた死なのだから お互いに悔いはないということか

いまごろは遺灰になって
彼の希望通り ミネソタ州のなつかしい森林の土に返っているのだろうか

チャプレンも人間だから 自分の考えや意見が常に頭の中を駆け巡る
それを患者さんのペースに合わせて 寄り添う
医療チームと患者さんの意見の食い違い、かけ離れに苦しみながらも
ユニークな患者さんの心の動きを ニュートラルな立場で受け入れるのは
唯一チャプレンだけかもしれないのだ