チャプレンのブログ・ALSなんか大嫌い

アメリカでチャプレンとして働いています

Vさんのケア

数か月間 ブログを放置してしまった
久しぶりに開けてみたら、記事の書き方も忘れてしまっている・・・トホホ

今日は、Vさんについて書こうと思う
Vさんは 90歳の黒人女性 心臓疾患の末期症状でホスピスのケアに入られた

Vさんは南部の州で生まれ育ち、高校を卒業後、
美容学校に行かれ、美容師の免許をとられた
その後結婚し、働きながら二人の子供を産んで育てられた
ご主人と一緒に シアトルに移り住み、生活をはじめられたのもつかの間
ご主人と離婚して、女手一つで二人の子供を養ってこられた
(離婚の理由については 語られなかったのでわからない)

Vさんは60歳代の娘さんと住む家での在宅ホスピス・ケアを受けることを選ばれた
クリスチャンで、ごく最近まで教会に通われていたこともあり、
チャプレンのサポートを最初から希望され、2週間に一度の割で訪問させてもらってきた

行くたびに、彼女は自分の人生についていろいろなことを語られ、
チャプレンとして拝聴しながら、
人生の意味、苦しみ、喜び、チャレンジなどを掘り下げて聞く。

黒人として、差別を受けた若かったころ・・・・・
ある時 汽車旅行で、到着駅で何度も確認したが黒人用出口が明記されておらず、
思い切って使った出口が、運悪く白人用の出口だったことで、
白人から非常に冷たい視線をあびて、生きた心地がしなかった体験
幸い大事にはならずに済んだという

黒人専用の高校、商店、座席、トイレ、レストラン、出入り口などなど、
すべてのことにおいて いつも間違えないように緊張していたのだという

話には聞いていても、想像に及ばないアメリカ社会の負の時代を
もろに生きてこられたのだった
彼女に言わせれば、トランプ大統領の出現以来、
アメリカの人種差別の現状が急激に逆行しはじめているのを肌で感じるらしい
もともと声をひそめていた黒人の成功を望まない隠れ白豪主義者たちが
堂々と声をあげるようになったというのだ

またある時、苦労に苦労を重ねて 頑張ってこられたVさんを大きな試練が襲った
彼女の最大の不幸、それは 息子が心臓病に倒れ、
わずか19歳でこの世を去られたことだった
家族団らん中に 突然キッチンで倒れ、救急センターに搬送されるも 
むなしく亡くなられたという

神はどうして、このような残酷なことを許されるのだろうか・・・

Vさんの部屋には立派な息子さんの写真が飾られていて、
「なかなかハンサムだと思わない?」と自慢げに目を細めて息子の話をされた
Vさんは一度もこの息子のことを忘れたことがなく、
天国で再開できることが 何よりの慰めなのだという

去年の9月に余命6ヶ月を告知され、
少しづつ体力を失い、歩行ができなくなり、食欲が落ち・・・
それでも大好きなテレビ番組だけは欠かさず毎日楽しみにされていて、
「朝の11時から12時までは 訪問しないでくださいよ。
 これだけが 私の楽しみなんですから」とすべての訪問を断られていた

もちろん、私も彼女の気持ちを尊重して、絶対に訪問は12時以降と決まっていた

ご自分の死については、
「私も90まで生かせてもらったんだから、もう満足してるわ。
 でも死にたいとは思わない。 ずっと生きられたらどんなにいいか。
 死ぬことはどうせ避けられないのだから、
 死について考えたり、話したりはしたくないのよ 
 その時がきたら、自然に逝くわ」と
娘さんが、どんなに 
「どんな葬儀にしてほしいの? 歌ってほしい讃美歌は何にする?」などと
聞き出そうとしても、
「あんたの好きなようにして」と言って、話したがらない
「チャプレンからも何とか母の希望を聞いてもらえませんか」と頼まれるけれど、
本人が話したくないのだから、どうしようもないのだった

そんなVさんが いよいよ食事も水も受け付けなくなり、
3日前にそっと息を引き取られた

幸い Vさんのかわいがっていた孫娘がカリフォルニアから駆けつけて、
死に際に間に合うことができた

Vさんの死の知らせを受けて、私もとても空しい気持ちになった
「すごくVさんらしい 人生でしたね」と称える気持ちと同時に
「もっともっとVさんらしく、生き続けてほしかった」と思ってしまう

チャプレンも一人の人間として自然な感情を持ってしまうのは当たり前・・・

今頃は天国で最愛の息子さんと再会を喜んでおられるのだろう
さようなら、Vさん