チャプレンのブログ・ALSなんか大嫌い

アメリカでチャプレンとして働いています

日本人学校 と 聖書研究会

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この頃から、私の生活は非常に忙しくなっていった。

日本人学校(土曜日のみの補習校)での教師の仕事を始めたからだ。

もともと日本で短大の初等教育を専攻していたことが功を奏し、小学2年生の担当となった。

教えるのは、国語と算数がメインだったが、週に1日と言うこともあって、なかなか困難な部分もあった。

クラスには25人ほどで、ほとんどが父親のオレゴン転勤で2年から5年アメリカに滞在している子供たち。

彼らは週日アメリカ現地校に通い、英語で苦労していた。

日本に帰国した際に、すんなり学校生活に戻れるようにと、基本を教える。

私の生活は、

月ー金は 通訳・ガイドの仕事(毎日ではなかったものの)
土は日本人補習校。
日曜日は、教会。

毎日フル回転だった。(私も若かったのねー!)

そして更に、水曜日の夜、40分離れた市にある某大学の日本人留学生のための聖書研究グループを
担当する事になったのだった。

忙しかったが、日曜日に教会に行く以外は、何の奉仕もできていなかったので、楽しかった。

私の役目は、某キリスト教系のアメリカの大学に留学生として来ている日本人学生に対して、

キリスト教や聖書、神、イエス・キリストを紹介するということだった。

週に1度、10人前後の学生(希望者のみ)が集まって、共に聖書を囲んで集会を持つ。

ほとんどの学生が聖書を読んだ経験がなかったため、キリスト教精神の大学に留学してきて

色々な場面で困惑していたらしい。

この会で私は4年間奉仕をさせていただき、数人の学生がクリスチャンになるという恵みもあった。

人生の土台と作るとも言える大事な大学時代に、神と出会う経験を助けることが少しでもできればという

思いで、楽しみながら奉仕を続けた。


先日、ある女性から声をかけれた。

彼女は、十数年前、その会に参加していた学生だったという。そう言えば、顔に見覚えが!

彼女は 現在は結婚し子供が2人おられるが、ご主人が牧師になるため、現在オレゴンの神学校に留学しておられるとのことだった。

なんという、サプライズ!


私のあの当時の生活は、とても忙しかったが、信仰と若さで 充実していた。